夕方の庭
「こんにちは」
薄紫色のアオイの花をいちりんたずさえ、すらりと背の高い女性が
夕方の庭にほほえんでいた。立ち姿が美しかった。
花が見事に女性をひきたてていた。
「きれいな… お花ですね。」
心の中では、立ち姿のほうを称賛しつつ、そうあいさつした。
数回しか会ったことのない私に、女性は気さくに話しかけてくれた。
「これ、持っていく?たくさんあるから、いいのよ。花びらが雨にぬれちゃってるけど、
ちょっと待ってね。今、袋に入れてくるから。」
彼女は、薄紫のアオイと、側に咲いていた白い花を2本、チョキンと切って、花束にした。
白い花は「エンレイソウ」という、「北大の花」だということだった。
「つるしておいてね。」
「ありがとうございます。」
ちゃんと水を入れたペットボトルに入れられ、ビニール袋にくるまれて、トラックの網棚に
そっと置かれた花たちは、ちょっぴり不満げに見えた。
「あなたがアオイをほめたりするから私たち、あのすてきな庭にいられなくなったのよ。」
エンレイソウは言った。
「あなたみたいな人じゃなくて、あのすらりとした奥さんに似合っていたのよ、私。」
薄紫のアオイが言う。
「ごめんね。だっていきなり『立ち姿が美しいですね』なんて言ったら、おかしな人だと
思われちゃうでしょ。だからつい、あなたのほうをほめちゃったんだもの。」
「まあ、…しかたがないわね。」
花たちはそれきり、口をつぐんだ。そして、おとなしく網棚におさまっていた。
夜
夜、花を職場の机にかざっておいたら、すらりと背の高い上司の女性が気づいて、
「あら、とてもいい色だね。うすムラサキの。」
と、ほめてくれた。
ほめられたアオイは、今度はだまっていた。どうやら、すらりと背の高い女性には、
口ごたえをしないことにしているらしい。
アオイは、自分が庭で、あの奥さんをみごとにひきたてていたように、今度は
白いエンレイソウが自分をひきたてていることに気づいたらしく、
「まんざらでもないわ。」
という顔をしていた。
その後
その後、わが家の食卓で夫にほめられ、翌日、たまたま遊びに来た私の両親にほめられ、
3つの花は数日間、得意げに毎日の夕食をひきたてていた。
ある朝、薄紫のアオイは、ぽとりと食卓に落ち、「がく」だけが残っていた。
「アオイちゃんて、口の悪い花だったけど、いなくなるとさみしいわね。」
白いエンレイソウたちが、小さな声でささやいているようだった。